2026年04月02日(木)の日記
正解と間違いのマトリクスについて最近少し考えている。
正解とは価値基準や優先度、意味の判断とも言い換えられるとすると、意味や価値から人間は逃れることはできないので、自然正解という価値からも逃れられないことになる。
しかし、正解というもの自体は設定しなおせるという視点は重要だと思う。
書いているうちに当たり前のことを書いているような気がしてきたが、再確認することは大事だと思う。
自分の指針の一つに「うれしい」という感情を原動力にしないというものがある。うれしいとは思いがけないことが起きた時に感じるものという前提があると思うからだ。
それはつまり、うれしいというアンコントローラブルな対象を正解の要素として加えないようにするということでもある。
この指針ももちろんグラデーションがあり、変えられるわけだが、そうした相対化が行き過ぎるのも問題だよなぁとは思う。