2026年04月30日(木)の日記
『中動態の世界』を読む。 文法のところがなかなか難しい。馴染みがないというか、足りないというか。
『「学び」がわからなくなったときに読む本』も読む。 晩餐のような勉強、時間がかかることを贅沢と考えるかどうか。
『暇と退屈の倫理学』にもつながりそうだ。贅沢を受け取る余裕というものが、足りないのではないか。 そもそも余裕は状況的にないこともあるだろうが、ないことはないはず。
日々ライオンに追われているわけではないのだ。
選択肢の多さは余裕を生み出すと思っているが、逆に余裕を削ることもあるのかもしれない。 それは自分自身が選択したという責任を背負う余裕を持てるかどうかなのだろうか。
贅沢には選択を受け取る器量が必要なのかも。